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金襴手人物文花瓶

里帰薩摩 [ u1923-1 ]
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里帰薩摩 [ u1923-30 ]
里帰薩摩 [ u1923-31 ]
< 商 品 説 明 >
約100年前に欧米に渡った横浜薩摩焼(大日本保土田)の里帰品になります
横浜薩摩は、安政6年の開港に伴い多くの外国人が来航するようになりました
明治に入り薩摩焼の需要が急速に高まり、真葛香山が初めて生産した後に出現したと言われています
明治10年頃に横浜港から輸出されており、最盛期は明治15年頃で700点あまりを欧米諸国へ出荷していました
そんな中、輸出業者という専門の業者も現れ、やがて製造分野にも進出しており、特に"保土田"と"服部"がその代表格であると思われます
「横濱成功名誉鑑」には、保土田商店のオーナーである保土田太吉氏は、明治22年頃から薩摩焼の販売を始め、その後明治30年頃には自社製品を製造に欧米に輸出したと言われています
薩摩焼きの歴史は古く、その起源は今から約400年前に、島津義弘が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)から引き揚げて来る際に、領内の文化や産業振興のために朝鮮陶工を連れ帰ったのが始まりとされています
1867年のパリ万国博覧会、1873年のウィーン万国博覧会、1876年のフィラデルフィア万国博覧会に出品した薩摩焼は、その繊細緻密・豪華絢爛な構図は、極東の宝石として高く評価され、「SATSUMA」として欧米諸国で親しまれました
1878年のパリ万国博覧会では、セーブル焼と日本陶磁器の交換品に薩摩焼があり、その中の数点がフランス国立陶磁器美術館(セーブル美術館)に伝来しており、その後に「SATSUMA」は日本の重要な輸出品として、生産地は京都、大阪、横浜、東京などに広がり、京薩摩、大阪薩摩、横浜薩摩などと呼ばれ、百花繚乱を謳歌しました
特に、京都の伝統窯"錦光山"や大阪の"藪名山"は非常に優れた陶磁器を生産していたことで知られており、今なお世界中にコレクターが多数存在しています
商品番号 u1923 品名 金襴手人物文花瓶
古物区分 アンティーク 里帰区分 イギリス / ウォルソール
ブランド 古薩摩 裏印 大日本保土田
寸法 H:38cm L:22cm W:22cm
状態 カケ・ワレ・ヒビなどなく良好な状態
価格 お問合せ
* 価格 : 上記の"お問合せ"をクリックして、メールソフト起動後に 【 お名前、電話番号 】 をご記入の上、送信して下さい
* 里帰区分 : 輸出元
* 古物区分 : 当店では、製造より100年以上経過 【 アンティーク 】、30年以上経過 【 ヴィンテージ 】と表記しています
* 寸法 : H 【 高さ 】  L 【 縦 】  W 【 横 】  D 【 直径 】 を表しています
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* 古薩摩とは、明治時代に欧米に渡った薩摩焼が長い時を経て日本に里帰りしてきた薩摩焼の総称になります

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