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松村九助
桃地花鳥図大花瓶

作品番号 u2535
裏印銘 大日本松村造
状 態 カケ・ワレ・ヒビなどなく良好な状態
寸 法 H:36cm L:16cm W:16cm
原産国 日本
買付先 アメリカ
付属品

販売価格 231,000円 <税込>


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電話番号:04-7179-0116 [ 平日10:00~17:00 ]
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作品解説
松村九助(1845-1912)
肥前有田(佐賀県)に生まれ、幼少期から製陶に興味があり、西洋顔料が長崎に輸入されると、外国商人から西洋コバルトを買い、瀬戸や多治見に広めました。
1876年に名古屋で、主にコバルトの販売を行っていた。

その後、海外向け陶磁器を取り扱う店を横浜に開業し、陶磁器を欧米諸国に輸出した。
1878年には、名古屋に陶磁器問屋数人とともに輸出販売を目的とする「開洋社」を設立しています。
185年に会社は解散したが、単独で松村商店として事業を拡大させ、南武平町に磁器製造工場や神戸支店支店を設立した。
その後、業界が価格競争になり粗悪品が増えたことを憂いて、自らは横浜支店の田代屋商店で磁器改良に没頭した。 名古屋絵付
1872年にフランス人が名古屋の伝馬町の飯田重兵衛の店を訪れた際に、はじめてコバルトがもたらされました。
そして、いくつか陶磁器を購入していて、それが名古屋での陶磁器貿易の起源だと言われています。
1874年に瀧藤萬次郎が長者町に、1876年に松村九助が和泉町に陶磁器貿易の店を設立し、名古屋には数多くの陶磁器商社(問屋)が設立されました。
1880年に松村九助は、名古屋で最初の上絵付工場を堅杉ノ木町に設立し、その一部を瀧藤萬次郎の絵付窯を設けています。
1883年に瀧藤萬次郎は名古屋に上絵付工場を設立します。
これが名古屋絵付の始まりで、多くの上絵付工場が名古屋北部を中心に設立されていきました。