横浜焼とは
横浜焼とは1859年に横浜が開港したことで、日本中から横浜に陶磁関係業者が集まりました。全国から素地を仕入れて様々な横浜の工房や店舗で絵付や販売が行われ、ここに横浜焼が誕生します。横浜焼は横浜港から主に欧米諸国に輸出されていき、万国博覧会への出品を機に海外の評価を得ます。精緻を極めた横浜焼の名品の数々は、その奇絶で優美なデザインでジャポニズムブームを巻き起こしました。最盛期には、井村彦次郎をはじめとした横浜焼(中村、高坂、北川、坂野、川本、百田等)の陶磁関係業者は約500社を超え、職人技を競い合っていました。
鶴草花文花瓶の画像

横浜焼の井村が作陶した鶴草花文花瓶です。明治・大正時代に欧米諸国に輸出され、約100年の時を経て日本に里帰りしてきました。
商品概要
- 名称 横浜焼 鶴草花文花瓶
- 裏印 大日本井村造
- 状態 カケ・ワレ・ヒビなどなく良好な状態
- 寸法 H:10cm L:9cm W:9cm
- 素材 陶磁器
- 原産 日本
- 仕入 イギリス
- 付属 作品証明書
- 数量 現品のみ
- 価格 売切【 u4233 】
井村について
[ 生没年不詳 ]
宮川香山と並んで横浜絵付を代表する存在です。横浜絵付としては最古の歴史を持っています。 1875年に本町2丁目に「松石屋」を開店しました。瀬戸(川村舛吉など)や薩摩などから素地を取り寄せて絵付を行い欧米諸国へ輸出しました。伝統的な花鳥風月を描いた格調高い作品が多く存在し、精緻な絵付けに驚かされます。1877年頃には工房4箇所に職工200名を抱える程、人気を博しました。また横浜陶器売込商組合の会頭を務めるなど横浜焼の先導的立場にありました。
< 海外万博の主な受賞歴 >
1889年 パリ万博【銅賞】、1893年 シカゴ万博【受賞】、1904年 セントルイス万博【金賞】、1905年 リエージュ万博【金賞】
参考資料
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