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薩摩焼 保土田 人物風俗文花瓶

TEL. 04-7179-0116 MOBILE. 070-6473-8710

千葉県我孫子市台田4-11-42 敬誠北柏ビル

人物風俗文花瓶

薩摩焼とは

薩摩焼は今から約400年前、島津義弘が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)から引き揚げる際に、鹿児島の産業振興の為に朝鮮陶工を連れ帰ったことが始まりとされています。その後、朝鮮陶工の装飾技法に日本伝統の技法を取り入れて独自の発展を遂げ、現在に至るまで脈々とその命を育み続けています。明治時代に海外の万博に出品したのを機に欧米諸国で人気が高まりました。その為、鹿児島以外でも神戸、大阪、京都、横浜などでも作られるようになり、「極東の宝石」と呼ばれるまでになりました。

商品説明

明治時代に開花した保土田の薩摩焼が約100年の時を経て日本に里帰りしました。銘の「保土田」は横浜の保土田太吉(1868-不詳)の事で、横浜薩摩の代表的な存在です。横浜薩摩は生地を仕入れて、横浜で絵付けをし、横浜港から輸出されたものの総称です。保土田は神奈川県橘樹郡に生まれ、15歳の時から横浜の製茶屋で修業し、22歳頃から陶器商に従事しました。1903年に堺町(現・日本大通り)に店舗を構え、一般品から高級品まで多種多様な薩摩焼を製造していました。保土田のもとには非常に優れた絵付師がおり、慶喜、明山、正信、帯山、章山などが有名です。1900年の春季美術展覧会(褒状3等賞)、1904年のセントルイス万博で銀賞を受賞しています。現在のところ保土田の死や会社の閉鎖に関する詳細な事はわかっていません。

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商品概要

  • 名称  薩摩焼 人物風俗文花瓶
  • 裏印  保土田造
  • 状態  カケ・ワレ・ヒビなどなく良好な状態
  • 寸法  H:6cm L:3cm W:3cm
  • 素材  陶磁器
  • 原産  日本
  • 仕入  アメリカ
  • 付属  作品証明書
  • 数量  現品のみ
  • 価格  お問合せ【 u5708 】

明治期の薩摩焼の世界

~ 日本の国益に貢献した輸出工芸の華 ~
江戸幕府の滅亡による社会的動乱は陶磁器業界にも大きな影響を与えました。天皇が居住し文化の中心地であった京都は幕末の戦火により街が焼かれ、遷都によって天皇、公卿、商人は東京へ移っていきました。さらに明治維新によって従来の購入者であった大名や公卿等がいなくなり、庇護を失った御用窯は廃窯を余儀なくされます。加えて同業組合の解散も重なり、陶磁器の製造者は大打撃を受け「都のやきもの」という京焼ブランドも失墜してしまいました。
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薩摩焼の年譜

~ 世界に雄飛した薩摩焼 ~
  • 1598年 朝鮮出兵の際に島津義弘が朝鮮人陶工を連れて帰る
  • 1610年 初代・沈当吉が苗代川焼を開窯
  • 1628年 沈当吉は薩摩藩の命を受け、朴と共に白土を発見し本日の薩摩焼を創製
  • 1823年 6代・錦光山宗兵衛、京都に生まれる
  • 1853年 藪明山、大阪に生まれる
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薩摩焼の名窯・作家

江戸時代の末期、幕末以降の欧米ではジャポニズムの影響で日本の工芸品は人気がありました。その代表格が薩摩焼です。鹿児島、東京、横浜、神戸、京都、大阪など近くに港がある都市で発展し、一大輸出産業となりました。錦光山宗兵衛、帯山与兵衛、藪明山、成瀬誠志、川崎富山、楠部千之助、トーマス・ビ・ブロー、保土田太吉、服部等などの世界的に評価を得た名窯・作家がいる一方、資料が少なくその詳細が不明なものも多く存在しています。
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参考資料



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