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オールドノリタケ

TEL. 04-7179-0116 MOBILE. 070-6473-8710

千葉県我孫子市台田4-11-42 敬誠北柏ビル

オールドノリタケ専門店

GLOSSARY

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◆ 香蘭社
洋食器で有名な佐賀県の肥前有田に1874年に誕生し、輸出向けの高級ファンシー製品を主力としました。創業者は、八代深川栄左衛門、手塚亀之助、深海墨之助、辻勝蔵の共同で誕生しました。しかし、意見の食い違いから、深川以外の3名は新たに川原忠次郎を加えて、1879年に精磁会社を設立しましたが、1905年に解散しています。香蘭社は、深川栄左衛門の単独経営となった後も順調に発展していきました。1896年には宮内省御用達を命じられ、1907年には、150名の従業員数をかかえていました。日本陶器が明治末期に500名の従業員を抱えていたのと比較しても、その希少さが実感できます。


◆ 加藤五輔 [ 1837-1915 ]
美濃焼の名工・五輔は精巧で緻密な染付磁器を焼き、その作品は国内だけでなく海外に販売され、美濃焼の品質向上に貢献しました。1837年、市之倉(現多治見市)で生まれました。家は代々の窯元で、良質の染付磁器を製作しており、名工としての素養はそのような環境で育まれました。1878年には第3回パリ万国博覧会に富士山を描いた花瓶を出品し、京焼きの名工とともに銅牌を受賞しました。この受賞は、美濃焼関係者の大きな自信に繋がったと思われます。五輔が最も得意としたのは、毛筆の染め付け細密画で、極めて精巧で緻密なものでした。


◆ 加藤紋右衛門 [ 6代:1853-1911 ]
江戸時代から続く瀬戸の名窯の六代目【還情園、池紋と号す】。1893年に森村組と専属契約を締結、1896年に愛磁合資会社を設立し、1904年には日本初の和風水洗便器を製造し、陶器商報の中で大日本陶業百選に選出されています。また、古窯を丸窯に連結するなど研究熱心で、窯炉の発展にも大いに貢献しました。近代瀬戸を代表する名工です。
1877年:第1回内国勧業博覧会に出品(受賞)、1878年:パリ万博に出品(受賞)、1890年:第3回内国勧業博覧会に出品(受賞)、1895年:第4回内国勧業博覧会に出品(受賞)、1899年:第5回内国勧業博覧会に出品(受賞)。


◆ 加藤勘四郎 [ 生没年不詳 ]
愛知県瀬戸市一里塚町にある窯屋で、染付に使用する西洋コバルトを入手したのは勘四郎が最初と言われています。衝立や額などの板状陶器の製作を得意としていました。明治時代に国内外の万博で高く評価され、瀬戸焼の名工としての地位を確立しました。代表作の染付養蚕図衝立は1881年の第2回内国勧業博覧会買上品で、東京国立博物館に収められています。明治時代の日本の陶芸界において重要な存在であり、その影響は現代にも続いています。明治時代の中頃に長男・松次郎が事業を継承(真玉園、号:菱松)
1877年 第1回内国勧業博覧会(龍紋賞配牌)、1878年 パリ万博(銅賞)。


◆ 加藤周兵衛 [ 初代:1819-1900、2代:1848-1903 ]
瀬戸・南新谷の陶工で、初代周兵衛の長男徳七として生まれ、白雲堂と号しました。瀬戸の近代陶業の発展に尽くした人物で、明治初年に瀬戸窯元取締役となり、5年ウィーン万博出品青花磁製造方取締役、愛知県勧業委員などを命じられました。1910年の名古屋開府三百年紀年新古美展覧会では、瀬戸を代表する「青華壺形花瓶」で褒状を受賞しています。


◆ 加藤春光 [ 初代:生没年不詳、2代:1881-1958 ]
瀬戸・南新谷で創業した窯元で、初代春光は1875年に開窯し、瀬戸最大手の白生地工場として1882年には森村組と取引を開始しており、専属契約を結んでいます。西郷や井口、藤村などの森村組専属工場への生地の供給をしていました。オールドノリタケの初期のメープルリーフ印を持つ作品の中には、生地が春光製であるものも少なくないと思われます。また、自ら春光という染付け銘を持ち純日本風の画風で知られる絵付け工場でもあり、積極的に海外輸出製品を製造し内国勧業博覧会などで数々の賞を受賞しています。


◆ 川本桝吉 [ 初代:1831-1907、2代:1852-1918 ]
川本桝吉は、瀬戸・北新谷の陶工で、奇陶軒と号しました。初代は、加藤安左衛門の三男として生まれ、瀬戸での最初の輸出磁器を生産し、1873年のウィーン万博に染付の瀬戸焼を出品し受賞しました。その後1881年に東京に輸出磁工社、瀬戸に瀬戸磁工社を設立して、1886年に隠遁して名を「桝山」と改めました。
1873年:ウィーン万博(受賞)
1876年:フィラデルフィア万博(受賞)
1878年:パリ万博(受賞)
1890年:第3回内国勧業博覧会(受賞)
1894年:瀬戸町長に就任
1895年:第4回内国勧業博覧会(受賞)
1903年:第5回内国勧業博覧会(受賞)
2代は瀬戸における美術陶磁の先駆けで、事業を発展させた後に、瀬戸町長の要職も務めた人物になります。繊細な「染付焼」のものが多く、東京国立博物館や瀬戸のミュージアムなどでも同陶工の作品があります。


◆ 川之辺一朝 [ 1830-1910 ]
幕末から明治にかけて活躍した漆工家、蒔絵師です。東京・浅草に生まれ、12歳の頃に徳川将軍家に仕えた蒔絵師「武井藤助」の下に入門し、21歳で独立しました。明治時代になると海外の万国博覧会に積極的に参加し、多数受賞し、宮内省の御用品も制作しました。1896年には帝室技芸員に任命され、また東京美術学校教授となりながら、自身の制作を続けました。漆工界の発展に貢献し、正六位の位階を受けました。


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