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骨董・アンティークの用語集

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千葉県我孫子市台田4-11-42 敬誠北柏ビル

た行の骨董・アンティークの用語集

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田代紋左衛門 [ 1817-1900年 ]

  • 1856年頃に佐賀藩から唯一許可を受けていたオランダ貿易鑑札を久富家から譲り受けます。これを機に海外向けの磁器製造と販売を一手に始めました。その製品は陶山神社横にあった白焼窯で焼かせたもので、高台内には「肥蝶山信甫」の銘を入れ、田代ブランドとして広く海外へ輸出されました。また、当時有田では作れなかった薄手の製品は平戸藩領で有田と隣接する三河内に注文し、それを有田へ運ばせ赤絵を施していました。海外輸出のために、長崎や横浜にも支店を設け、海外貿易を拡大していきました。1876年に建てられた旧田代家西洋館は2018年に国の重要文化財に指定されました。

高村光雲

  • 近代木彫の祖。明治以前は仏師として、また明治以後は木彫の彫刻家として活躍しました。東京の浅草に生まれ、仏師の高村東雲の下で修業を積むと1874年から「高村光雲」の名を名乗り始めました。当時、西欧諸国への輸出品としては象牙の彫刻に人気が集中していましたが、その中で光雲は木彫の作品制作を続けます。洋風文化が取り巻く中、西欧美術の素晴らしい写実性に驚愕した光雲は特に草花や鳥獣をメインに写実的な表現を追い求め、1893年にシカゴ万博に出品した『老猿』は、猿が大鷲と格闘した直後の緊張感を見事に表現し、重要文化財に指定されました。

竹内久一

  • 明治時代に活躍した彫刻家として知られています。帝室技芸員に任命されています。東京美術学校の教授として古彫刻の修復や模刻、文展の審査員なども務めています。

竹内忠兵衛

  • 明治4年、従来の家内工業から脱却して近代的な産業とすべく名古屋に七宝会社が設立され、"竹内忠兵衛(1852年~1922年)"は、鈴木清一郎、塚本甚右衛門とともに、その中心工人として活躍しました。第1・2回内国勧業博覧会(明治10年、14年)では、陶磁胎七宝を出品して、2回とも嘉賞を受賞しています。明治20年頃には磁胎七宝が姿を消して、銅胎七宝の作品を制作して非常に高い評価を得た人物です。晩年の作品は、シャークスキン(鮫肌)のものが確認されています。

高蒔絵

  • 蒔絵加飾技法の1つで、蒔絵する部分を高く盛り上げてから蒔絵する技法です。

研出蒔絵

  • 蒔絵加飾技法の1つで、平蒔絵の後に地漆と同じ漆で塗り込み、同一平面に研ぎ出して、絵柄を表したもの。

徳田 八十吉

  • 九谷焼の陶工です。初代・八十吉から受け継いだ古九谷の色を基に工夫を重ね、色のグラデーションの微妙な変化やコントラストの美しさを特徴とする彩釉の技法で人間国宝に認定されました。1958年の第1回一水会陶芸展、1990年の際陶芸展などの数々の展覧会で受賞歴があります。また、1993年には紫綬褒章を受章しています。1997年に 彩釉磁器にて重要無形文化財保持者に認定されました。

塚本快示 [ 1912-1990年 ]

  • 栃木県出身の日本の陶芸家です。代々200余年続く中国定窯風白磁を継承する製陶家7代塚本源右衛門の子として生まれた。幼少期より製陶に強い関心を持ち、父の作陶を補佐。日根野作三に師事しクラフト風な磁器の制作と平行しながら中国陶磁の研究に励んだ。主に模範としたのは中国・北宋時代の白磁や青白磁などです。1973年に岐阜県重要無形文化財に認定され、1977年には紫綬褒章を受賞しています。

高野昭阿弥 [ 1905年- ]

  • 京都出身の京焼清水焼の窯元で、京都五条坂の陶工柴田如阿弥に師事しました。1930年頃に師より昭阿弥の号を受け、今熊野に開窯、独立しました。以降、祥瑞写や赤絵、染付を中心に茶器茶器を製作しています。

寺池静人 [ 1933年- ]

  • 京都市出身の日本の陶芸家です。陶芸家の寺池陶秝を父に持つ。父の薫陶を受けて陶芸家としての研鑽を積む。1953年に青陶会に結成同人として参加し以降、1955年には第11回日展にて初入選しています。1975年改組第7回展にて特選、1990年同22会展にて会員賞を受賞しています。1974年、バロリス国際陶芸ビエンナーレ展にて名誉最高賞を受賞。

高橋道八 [ 1740-1804年 ]

  • 京焼・清水焼の窯元の一つで、陶芸家の名跡です。江戸時代後期より作陶に携わり、特に茶道具、煎茶器の名品を輩出し続けてきました。

田辺竹雲斎 [ 1877-1937年 ]

  • 兵庫県出身の日本の竹工芸家です。尼崎の元尼崎藩松平氏の医学者の家に生まれ、近所に竹細工業を営む家があり、次第に竹細工に興味を持ったのがはじめです。1890年頃に竹細工の名工「初代・和田和一斎」に師事しました。1903年には第五回内国勧業博覧会にて三等賞銅牌を受賞、以降、商工展三等、勧業博覧会入選など各展覧会で活躍しました。また、その一方で工房を築いて、ドイツを中心にヨーロッパ諸国への輸出を開始しました。

富本憲吉 [ 1886-1963年 ]

  • 奈良県出身の日本の陶芸家です。1908年にイギリスへ留学し、建築家・新家孝正と出会い、写真助手としてインドを巡りました。1915年に故郷奈良に本格的な窯を築き創作に励みました。1926年、奈良から世田谷に住まいを移し、窯を築きました。1949年に京都市立美術大学教授になり、1955年には人間国宝となりました。

ドレスデン

  • ドイツ連邦共和国ザクセン州の首都であり、ドイツのみならず欧州全土の歴史上、重要な役割を果たしてきました。ドレスデンが発展したのは、ザクセン選帝侯フリードリヒ2世の2人の息子、エルンストとアルブレヒトが、1485年に兄弟で領土を分割したことに始まります。ドレスデンを中心とする領土を与えられた弟アルブレヒトは、ザクセン公を称し、ドレスデンを都として地域を支配することとなった。こうして、ドレスデンは、アルベルティン家の宮廷都市として栄えることになりました。

ドーム

  • ドーム兄弟は19世紀~20世紀のフランスのガラス工芸家です。フランスのロレーヌ地方出身のオーギュスト・ドーム(1853-1909年)とアントナン・ドーム(1864-1930年)の兄弟が創業しました。アール・ヌーヴォー様式のガラス工芸家として、エミール・ガレと同様に有名です。

塚田秀鏡 [ 1848-1915年 ]

  • 東京都出身の明治時代を代表する彫金師です。江戸神田の装剣金工畑直鏡の養子となり、のち塚田に改姓しています。彫金を加納夏雄、絵画を柴田是真に師事しました。1893年のシカゴ万博、1900年のパリ万博、1904年のセントルイス万博ではそれぞれ受賞しています。1913年には帝室技芸員となりました。


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